『風になるにはまだ』笹原千波 著と、ガストの目玉焼きモーニング♡


【あらすじ】
散りたくない。無形の情報に還(かえ)るにはまだ、わたしというものへの未練が濃い。病気や障害などの事情で生身の体で生きることが難しくなった人々が、〈情報人格〉として仮想世界で暮らせるようになった近未来。情報人格の小春は、大学時代の同級生が集うパーティに出席するために「一日だけ体を貸し出してくれる」サービスを利用する。体を貸してくれたのは年の離れた大学生だった。ひとつの体を共有して、ふたりは特別な一日を過ごす。第13回創元SF短編賞受賞作を含む瑞々しいデビュー作品集。
近未来設定で
SF小説と思いながら読み進めると
純文学にも思えて
哲学だよね、、とも思ったり
不思議なイメージを持ちました
仮想現実の中で「情報人格」として
生き続けることができる近未来に
「情報人格」は
他人の生身の体を借りて
現実世界にアクセスが出来る…
人の死には様々な事情はあるけれど
情報人格として、生身の体が無くても
生きてさえいればいいのでしょうか、、
人の「生」は
現実世界に存在しているからこそ?
なのでしょうか…
しっとり静かで優しい
「情報人格者」と「現実世界の人間」の
それぞれの葛藤が丁寧な文章で描かれていて
読みながらぐいぐい引き込まれて
自分もそこにいるような
ちょっと怖くなる瞬間がありました
私自身も最近では
AIの研修を受けたりしているので
学んだ知識でこの先の
仮想世界の可能性を想像すると
夢や希望より
少し恐怖を感じています…
未来の自分が
どう判断するかは分かりませんが
今現在の私は
「情報人格」で生き、たまに
生身の体を借りる仮想世界が
幸せな世界には思えず…
「生」を選べる時が来たとき
人によって判断は様々だと思う
その時代にならないと
何が正しいのかも分からない…
「情報人格」とは違いますが
嘘か真かは別として
亡くなったあとに心霊として
青森恐山のイタコの口寄せように
誰かの体を借り
残した思いを家族に告げたり
家族に触れることが出来るなら
ただ一度だけ身体を借りて
家族に会いたい、触れたい
と、きっと思う…
ただ単に「生」に固執して
「情報人格」として生き続けたい?
と聞かれたら
生身の人から体を借りることが
この小説の情報人格者の心の描写を読むと
結局は切ないんじゃないかな、としか思えず😢
選べるなら
現実世界だけで「私」を終わりたいです^^